七転び八起き

ハロプロと、恋人のキツネさんとの同性同士の同棲生活。

おん・すてーじ&おんTV真夜中の弥次さん喜多さんをリアル同性愛者的目線で見る

幸せな同性愛者の出てくる作品の力

 

えにし/弥次喜多ダンシング

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おん・すてーじ『真夜中の弥次さん喜多さん』 [DVD]

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同性愛への偏見についての記事を読んでいろいろ考えたりフォロワーさんと会話したりしながら、最近こんなツイートをしました。

それに対してフォロワーさんが仰ってたのがこちら。

ほんとだよ!と思います。現実世界で愛したり恋したりするよりずっと自由なはずの作品世界で、いまだにこんなにも同性同士の色恋が不自由なのはなんでなんだろう。「禁断の恋」のステレオタイプは、確かに切ないし、はかない美しさを感じるかもしれないけど、リアル同性愛者の私にとってはもう飽き飽き。困難のなかで別れざるを得なくても、純粋に愛してる、みたいなのも、死んで結ばれましょう、も。

もちろんそれが悪いわけじゃない。そういう物語も、あってもいい。でも、同性愛者が、ふつーに暮らしてふつーに愛し合ってるのがふつーに出てくるエンタメ作品だって、あっていいはず。

なんだかわからないけど、娯楽作品の力ってものすごいものがあって。私は、おん弥次喜多みたいに、同性愛者がふつーにまっすぐ愛し合って幸せになる作品に、力をもらっている。

もともと同性と付き合い続けるには覚悟もいるし、悩むし、どことなくいつも不安で。そういう時に「同性愛者は幸せになれない」って刷り込みが強化されるようなものを見てしまうと、作品と現実は別だって思っていたとしてもやっぱり不安になる。

でも、弥次喜多の、まっすぐ言い訳せず、堂々と愛し合ってるあの感じを見てるとこっちまで幸せになってくる。 変な不安を感じずに楽しく見られる。そうすると、あー、可愛かったし楽しかった!明日も頑張ろう!って素直に思える。ささいなようだけど、すごい力だ。

 

と、言いながらも…。

なんてことを言いながらも、実を言うとこれ、後からよくよく考えてみればこうだな、っていう感じで(笑)実はおんすてーじ真夜中の弥次さん喜多さんを見てから9ヶ月、ゲイの二人を描く作品だってことを意識して、そういう観点で見たことがあんまりなかった。実はそういう見方をしだしたの、つい最近なんです。

実は少し前にカラオケに行きまして。それで改めて「えにし」の歌詞をじっくり見て、「あれ?実はすごいいいこと言ってる?」なんて思ったのがきっかけでした。「だってよぉ、心は演じれねぇよ」の歌詞が特に印象的で。

そうやって思い返してみると、そういえば行く先々で二人はふつーに人前でイチャコラするし、周りの人もふつーにそれを受け入れている。あれれれ、と思って見返してみれば、奪衣婆だってGロッソマングリーンだってバーの店主だって空の守だって、二人が男同士愛し合ってることに対して何か言うわけでもない。そのことに、女で女の子の恋人のいるわたしが、気づかなかったのです。キャロルを見たときはあんなに「こういうビアン映画が見たかった!」って言ったのにね。

気づいてからは、おん弥次喜多やっぱりすげぇな、と思いました。あまりに二人の関係を自然に描いているんです。誰もが前提としてそれを知ってて普通に接してくるのが、すごい。いや、ほんとはすごくなくて、作品中だろうが現実世界だろうがそうあって欲しいんですけど、リアルではそうじゃないから。同性同士でいちゃいちゃしてるとこの人たちどういう関係なんだろ?って不審に見られたりすると思うんですよね。だから弥次喜多、ああいう感じでやってくれるのは貴重だなぁって思います。

 

おん弥次喜多の幸せシーン

なので、おんすてでもおんTVでも、二人がふつーに一緒にお布団入って眠ってたり、道端を並んで歩いてて「退屈でぃ!」「おいらもでぃ!」みたいなやりとりしたり、くっついてたり、おでこ合わせたり、「弥次さん」「喜多さん」って言って見つめ合ってたり、なにげない日常のそういう場面がいっぱい見られるのがすごい幸せです。

弥次さん喜多さんが、「特別な人じゃない」っていうのもいい。例えば芸術家や吸血鬼や、そういうちょっと特別な存在のゲイが出てくる作品は結構多い。でもそうじゃなくて、お江戸で普通に暮らしてた普通の人の話だから、「そうはいってもあの人たちが幸せなのは特別な存在だからでしょう」って思ってしまうめんどくさい感情を起こさせずに、幸せ感に浸りながら見ていられる。

 

べつに同性愛者向けの作品を作れと言ってるわけじゃないんです。たくさんゲイやビアンを出せって言ってるわけでもないんです。でも、ゲイやビアンの出てくる作品で、ごく普通の存在である彼ら彼女らが普通に扱われて、普通に幸せにしてたら、嬉しいなぁっていうだけ。なんだか勇気づけられるし、このままでいいんだよな、愛っていいなって思えるんです。

 

 弥次喜多のラスト〜二人はいつまでも旅を続ける〜

おんTVのラストは明日だけど、おんすてのラストでは、弥次さんと喜多さんは結局まだお伊勢さんにたどり着かずにどこかでずっと旅を続けてるんだなぁと思わせる終わり方。もうずっと、この先の二人の関係を暗に示してるようですごく好きです。お伊勢さんっていう希望がキラキラと輝き続けて、ただ二人で旅するその道中が幸せに満ちてる、その瞬間が、永遠に続けばいいなって祈るように思います。そしてその気持ちが、演者さんも制作メンバーの皆さんも同じで、きっとどこかで弥次喜多は旅を続けます、って言ってくれるのも嬉しい。次回作、あるといいなぁ。

 

ちなみに、今回はそこまで風呂敷広げてもしまいきれる気がしなかったので今は語りませんが、「ホモ」って言い方を劇中ではしないこととか(リアルの演者さんや川尻さんが語る場ではたまに出るけど)、自主規制回でお薬と愛し合う男二人の総称とお江戸とお伊勢を自主規制したところについても同性愛者的に思うところがあるので考えがまとまったらお話したいと思います。(ちょっとだけ話すと、わたしは、自主規制したのがお薬と愛し合う男二人の総称だけじゃなくてよかった、と思いました。お江戸とお伊勢まで自主規制することの意味は想像するしかないけど、どこか少しホッとした。愛し合う男二人の関係自体が自主規制するべきことであるはずはないから)

 

以上! CDとDVDきたし、明日最終回だからまた色々かきます! 

 明日の最終回、良かったら皆さんみてください!

配信も今日まで!

 

えにし/弥次喜多ダンシング

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