七転び八起き

ハロプロと、恋人のキツネさんとの同性同士の同棲生活。

考えたこと記録(15日目)過去を羨む

今日はもうなんにもしたくなくってずっと家にいた。昨日まで動きすぎていた反動だと思う。

月の文学館と星の文学館を読み進めている。どちらの本も、収録された作品はすべてたったの4ページから5ページなのに心に残るような物語がいくつもあってすごいと思う。

月の文学館 (ちくま文庫)

月の文学館 (ちくま文庫)

 
星の文学館 (ちくま文庫)

星の文学館 (ちくま文庫)

 

 

特に好きなのは月の文学館の方に入っている「月とコンパクト」。電車でたまたま乗り合わせた女性が、座席に髪にさしていた花を残して飛び降り自殺をしてしまう。その人が恋人に送ったコンパクトに月が映る、という話。すごく耽美。そして、「電車でたまたま乗り合わせた人」視点であって、恋人視点でないというところがまたいい。

どんな人が書いているのかと作者を調べたら馴染みのある土地に住んでいた人だった。34歳で他界している。今の自分の年齢とほとんど変わらない。自分と比較して、少し落ち込む。

 

きっと今の34歳よりその頃の34歳のほうがずっと老成していただろう。人生の速度が今よりずっと早かった時代だ。

スマートフォンのない時代に、そしてインターネットのない時代に生まれていたらどうだっただろうと思う。もっと書籍にも文章を書くことにも一心に耽溺できたのではないか。人生や自分自身について思索したり妄想にふけったりする時間がもっとあったのではないか。

今の私は周りを見回して観察している余裕もない。いつも生活のことに追われ道を歩いていても向こう側から歩いてくる人や景色をほとんど見ていない。目は見ていても、脳が見ていない。いつも何かに追われていて、余裕がなく、誘惑も多く、本当にやりたいことに向かうことができていない……。

 

いいや、でもきっと、生まれた時代は関係ない。その頃に生まれていたら、きっと貧しかったり学がなかったりして、思索にふける余裕なんてとてもなかっただろう。私の実家は地方の農家なので女に生まれたらきっと学校に行かせてもらえず家業を手伝うことになったと思う。

結局のところ、自分の心がけ次第なのだ。SNSやめればいいじゃん、ゲームもやらなければいいじゃん、早起きすればいいじゃん、できないならその夢諦めたら?という話で。最終的に自分の弱さを突きつけられたようでしんどい。でも、私にはとてもできないと羨みながら指を咥えて見ているだけで本当にいいのか、とも思う。なにごとも、ちょっとやってみただけでわかった気になって、「これはこうだから」とか「私には才能がないから」とかって言い訳している暇があったら何か一個、夢中になってやってみろよ、という話なのかも。(と、心を入れ替えてできるようになったら苦労しないんだけどね。)

 

好きな作品の話をしていたはずなのになぜか最終的に恥ずかしい自意識をさらけ出してしまった。今日はもう寝る。おやすみなさい。またね。