嘆いたり闘ったりすることは悪いことじゃない
しつこい怒り
ミュージカル手紙を見てから、こんなにわたしの中に怒りが眠っていたのかと驚くような気持ちです。しつこくしつこく、毎日のように、感じたことをうまく説明できないかと考えこんでしまいます。差別や偏見より、罪と罰にフォーカスした話だったらここまで考えなかったかもしれませんが、あの演出・脚本だとどうしても差別や偏見の中でどう生きていくのかという方が目についてしまいます。(原作未読です)差別や偏見の中でどう生きていくのかというテーマは、セクシャルマイノリティとして生きるわたしの中で考えざるを得ないテーマです。
嘆いたり怒ったりすることは意味のないことか?
わたしは、怒ることは重要だと思っています。
世の中から差別や偏見はなくならない。ユートピアなんてない。ミュージカル手紙の中で直貴の言った通りだと思います。でもだからこそ、差別を受けている人たちは怒っていいと思うんです。
いわれのない差別を受けた時に、被害者意識丸出しで嘆くことって、悪いことなんでしょうか。言われた周りの心理的負担になるから、カミングアウトをすることはやめた方がいいんでしょうか。
わたしはそうは思いません。どんどん世の中に対して主張したらいいと思います。世の中に言えなくたって、近しい人やインターネットに言ったらいい。だって、嫌なことは嫌だって言わなければ、相手はわからないんですもの。差別はいけないことだ、わたしたちはしあわせに生きる権利を侵害されているって、叫ばなきゃ何にも変わらない。わたしたちの孫やひ孫やそのまたずっと先にしかユートピアはないとしたって、今叫ばなきゃいつかのユートピアすら実現しないと思います。
わたしは、わたしより前に生きてきた人たちの戦いの歴史を知っています。女性差別の歴史も、セクシャルマイノリティへの差別の歴史も。声をあげて戦ってきた人がいるから、今があります。今も、女性が生きにくい社会ですが、わたしのおばあちゃんやお母さんの時代はもっともっと生きにくかった。でもわたしは、普通に高校を出て、普通に大学にいって、普通に男性と肩を並べて仕事をしています。会社の机の上にヌード写真を置く男性社員もいないし、お茶汲みをさせられたりもしません。女性とともに生きたいと望みながら無理やり結婚させられたり治療を受けさせられたりして、心中を望むこともありません。
そういう歴史を、たくさんの本が教えてくれました。
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だから現状を大雑把に捉えて「差別や偏見はなくならない」っていうことには違和感があります。差別や偏見はなくならないけど過去に比べたらマシな世の中にはなってきています。戦うことには、嘆くことには、叫ぶことには、意味があるんです。それは大きなうねりになって社会さえ変えることがある。でも、まだまだ足りない。差別に苦しむ人がいる。だからまだまだ、嘆いたり闘ったりしなきゃいけないんです。
絶望
だからわたしは、あの物語世界と受け止められ方に絶望を覚えます。
「正々堂々と」カミングアウトすることも封じられて、闘ったり嘆いたりすることをやめて地に足をつけて生きることを選ばざるを得なかった直貴。差別を肯定して罰せられないどころか、直貴に抑圧的な助言をする社長。
この部分は原作でも変わらないようですが、反応が気になってAmazonのレビューを漁ってみたら、この図式が「直貴は社長に導かれてただしい道へと進んだ」という風に見えるらしいんですよね。あんまり深く考えていないんでしょうけれども。それどころか「差別は当然」「我々は罪の重さを知らしめるために差別をしなければならない」といった社長の言葉に共鳴する人も結構います。「一瞬ぎょっとするものの真実をついている」、とか、「差別をいい意味で正当化する」なんていう人もいました。
ふざけんな。
どんな理由があったって差別はいけないことだ。差別とは戦わなきゃいけない。苦しい思いをしている人は苦しいと叫べ。訴えることは勇気も体力もいるから、全てのひとがそうすべきとは思わないけれど。でも、差別を受ける側に理解あるフリだけして、嘆いたり怒ったり闘ったりする人のことを、「大人じゃない」とか「もっと他にやることがあるだろう」とか「よーやるわ」って言って白眼視するひとたちによって、無力化されてはいけない。そう思いました。
だって、世の中は、ほんの少ししか変わらないかもしれなくても、変わってゆくから。変えることができるから。嘆いたり怒ったりする声に耳を塞がないで。嘆いたり怒ったりすることを奪わないで。 直貴の決断を褒め称えるまえに少し考えてほしい。差別のある世の中を引き受けて、自分のできる範囲で幸せをつかもうと努力するっていうことがどういうことか。本当に変わらなきゃいけないのは誰か。