七転び八起き

ハロプロと、恋人のキツネさんとの同性同士の同棲生活。

これからカミングアウトする人に伝えたいこと

一般的な「2019年度」……つまり、2018年春ごろから2019年の春ごろまでの期間は、激動の1年間だった。やっている本人は淡々と目の前にきたハードルを一つずつジャンプしていただけつもりだったけれど、途中相当に怒りっぽくなったり、もう駄目だと思ってみたり、追い詰められて死にたくなったりしたのは、やっぱりそれなりの心理的負担があったのだと、今振り返って思う。

家を買った。私に同性のパートナーがいることを実家にカミングアウトした。仕事では担当者としては一定レベルまで上り詰めたが気持ちがおかしくなりかけて仕事を辞めた。本当に大変な一年だった。

カミングアウトをしたことで、家族との関係性が大きく変わり、そのことで自分の気持ちのあり方も大きく変わった。今日はあらためてそのことについて振り返ってみたい。

ちなみに、カミングアウトをした時の記事はこちら。相当に感情が揺れていて読みにくいと思うけれど、その時の感情をそのままぶつけた記事なので許してほしい。

 

www.nanakorobiyaoki-sui.com

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圧倒的に生きやすくなった。

結論からいうと、カミングアウトは「うまくいった」訳ではない。母に滅茶苦茶に否定され、サンドバックのように嫌味や傷つく言葉を投げかけられながらひたすらに耐えた。

「一生懸命に育てたのになんで普通に育たなかったの」 「パートナーシップ制度というのが最近はあるらしいけど絶対に使うわないで。家族に迷惑がかかるから周りの人にはカミングアウトしないで」「私はあなたのこと独身だと思うことにするから」

そう言われるのは本当に本当に辛かった。今でも思い返すと胸が痛む。

それから時間が経った今どうなったかというと、私のカミングアウトはなかったことにされている。実家には時々帰る。でも、そのことには全く触れられない。母の送ってくるLINEは以前はくだけた口調だったのに何故か丁寧語になっている。家に帰ってからもそうだ。刺々しい口調で迎えられる時もある。父はその状態を無視している。理解してくれている弟夫婦にはあまり会えていない。

そんなこんなで、家族関係は決していい状態ではない。けれど、気持ちとしては案外すっきりしている。圧倒的に生きやすくなったとさえいえる。やはり「家族に嘘をついている、隠し事がある」「いつかはカミングアウトしなければならない」という状態は気持ちを随分重たくしていた。そして、私はずっと「親に条件付きでしか愛されていないのではないか」「自己肯定感が低いのは親との関係が影響しているのではないか」と思っていたけれど、そういうのが全部どうでもよくなった。自己肯定感が低いのは事実だけど、それを高めてくれるパートナーや、友人たちと付き合えばいいことだ、と思うことができた。

 

親も人間だった。

結局のところ、母も父も、人間だったのだ。私は今三十二歳だけれど、父と母にも同じくらいの年頃のころがあった。その頃に子育てをして、今に至っている。その間、私のようなレズビアンとかバイセクシャルとか呼ばれるような人たちと、出会わなかったから、もしくは気づこうとしなかったから、私のような子供が生まれると言うことを想定していなかったのだ。

そして、女とはこうあるもの、男とはこうあるもの、という世界をくくる枠組みを疑わずに生きてきた。私は自分が女性も男性も好きになることがあるということに気づいて悩み、情報を漁り、自分の持っている枠組みが絶対のものではないということに気づく機会があったから、今こういう境地に至っている。でも、母と父にはその機会がなかった。気づきにくい時代に生きていたということもあると思う。

そして、母も父も、「最初から絶対的な愛情を持った親」ではなかった。私自身が絶対的に父母を愛せる良い子供ではなかったのと同じように。そしてもし子供を産んだとしても、私も、そんなものを持てる自信はない。頭ではわかっていたけれど、心が納得していなかった。でも今回のことでわかった。母も父も、最初から母と父であったわけではなく、徐々に母と父になっていったし、子供を生み育てればその瞬間に絶対的な愛情を持てるわけではないのだ。

ここまで育ててくれて、教育してくれたことには、本当に感謝している。そのこともしっかりと伝えた。でも、受け取ってくれなかった。とってつけた言葉のように聞こえると、言われた。それはもう仕方がないことだと思えるようになった。だってお互いに、別の人間だから。お互い別個の個体で、別々の経験をして別々の人生を生きる、人間なのだ。たとえ血の繋がった人間だって、すべてを理解しあえる訳ではない。

 

勝手という言葉

母はカミングアウトをした私のことを「勝手だ」「思いやりがない」と言った。確かにカミングアウトして、私はすっきりした。母は私が「普通でない」ことをずっと抱えて生きていかねばならなくなった。

でも、すっきりして何が悪いのだろう。私がカミングアウトをしないとして、母は幸せでいられただろうか。結局結婚しない私に気を揉み、気を遣いながら生きていかねばならなかったのではないか。そうやって私も母も互いにうっすらと不幸でい続けることが、私にはいいことだと思えなかった。

そして、私が永遠に隠し事をして苦しみ続けるという不幸を背負わせ続けるのだから、私がカミングアウトしないことを強いる母だって、「勝手」だと思う。

 

これからカミングアウトする人に伝えたい三箇条

そんなわけで、後ろ向きなようでいて前向きな結論にたどり着いた。カミングアウトしてよかった。私はすっきりして、自分がいて心地よい人間関係を選択して、生きていく。どうせ親との関係は切っても切れない。親が死ぬときは私に連絡が来るだろう。でも、生きている間、別に仲良くしなければならないと決まっているわけではない。

 

1、自分が生きたいように生きよう

カミングアウトは、正直してもしなくてもいいと思う。カミングアウトが成功して愛情いっぱい幸せいっぱいの家族関係を築ける物語が世の中には溢れているけれど、私のように、決していい結果に終わらないこともある。でも、「自分が生きたいように生きる」ことは是非やってほしい。親は大抵の場合自分よりも先に死ぬ。でも、長生きすることもある。親が死んでから自分だけの人生を生き始めるのは、もったいない。

「親と仲良くないといけない」「親孝行しなければならない」「育ててもらった恩を返さないといけない」「親の言うことを聞かなければならない」

それは一部では真実かもしれないけれど、絶対的なものではない。できればそうしたほうがいいよね、という程度のもの。毒親なんて言葉が流行っているけれど、親がこうした方がいいと言うことは必ずしも自分の人生のためになる選択とは限らない。ちなみに私は就職の時も、3年で新卒で入った会社をやめた時も親に泣かれたが、その選択を全く後悔していないしベンチャーを選んだことでとても力がついた。

「自分の人生は自分で決める」

そのほうが絶対にいい。親にあなたを不幸でいさせ続ける権利はない。自分で自分を幸せにする選択をしていこう。

 

2、稼げる力はつけておこう

絶対に、自分一人で自分を食わせられるだけの力はつけておいたほうがいいと思います。親に養ってもらっている状態では、万一勘当でもされた時に生きていくことができない。そういう状態では、言いたいことも言えなくて当然だ。そして、自分で自分を養えるという自信は、自分の意見を言う自信や自分の人生を肯定する自信につながる。だから、「自分の生き方は自分で決める」と言えるように、そして、それを言った時に家族との関係が切れたとしても生きていけるように、財力はあるに越したことはない。

 

3、因果応報

 因果応報という言葉。これまで私の中にはあまりなかった考え方なのだけど、最近よくそう思うようになった。例えば、私のカミングアウトを拒絶したことで、母は寂しい時に私に連絡ができなくなったかもしれない。そして、老いて弱った時に、サポートしてもらえないかもしれない。すべてはそんなもの。ギブアンドテイク。ギブしてもらえないときは、別にギブする必要はない。辛く当たられた時に、それでも愛情を持って許そうとしなくていい。あなたが辛い思いをさせられたときは、相手もいつか辛い思いをする。そう思うと、ちょっとすっとしない?(笑)

 

時間が解決してくれることもある

まあ、辛辣なことをたくさん書いてきたけれど、時間が解決することもあると思っている。いつか母も理解してくれるかもしれない。和解できる時がくるかも。でも、それは淡い期待として持ちながらも、あんまり働きかけると疲れちゃうので、その時が来るまでは距離をとっておこうと思っている。私は自分の力で自分を幸せにしたいので、不幸の原因に近づいて消耗している暇はない!

そんなわけで、今日も明日も幸せに、パートナーと二人で生きていく。いっぱいいっぱい、幸せになってやる。